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Natsume

ご縁をいただき比叡山へ

更新日:2023年9月22日


先日、比叡山に行きました。

毎度おなじみの秋元先生が

大変お世話になっている○様から、

「宮本祖豊さんにお会いするからご一緒しませんか?」と お誘いを受け、私の同行も快諾下さったというのです。

そのお名前を聞いて驚きました。 確か、そのおかたの本、読んだことあるな…



宮本祖豊様。 比叡山に1200年伝わる「十二年籠山行」を満行されたお方です。



著書「覚悟の力」は、十二年籠山行についての他、

仏門にお入りになる前のことと後のこと・

私たちが日々生きていく上での心のありかたなどが 読みやすい優しい言葉で綴られています。ぜひ皆様お読みください。



それで今回、そのかたにお会いできるご縁をいただいたという事です。 夢にも思わぬご縁をいただき、有難いことです。まさに、有難いの語源そのまま。

驚きですよ。が、しかし

えぇ?会えるの?!わぁすご~い!というミーハー的な驚きではなく、

お会いできるという概念すら無かったのに

急に現実的になってしまい、心も頭も対応できていない…

というのが正しい気がします。簡単に言うと、パニックです。

そして、自分の教養の無さに改めて気づかされるのです。 まず何とお呼びするのがよいのか。ご住職?それともお名前で? お数珠は?何をお話すればいいの?比叡山独自の何かお作法とかあったっけ?

「こんな時にパニクらずに済むために教養が必要なんだな」

まさに無知の知、これって教養への第一歩やん?とポジティブに脳内変換し、

琵琶湖を横に見ながら、「とりあえず聞くに徹することにしよう」と決め😓

比叡山の麓のとある坊に伺いました。

※記事や画像について、ご住職に掲載のお許しを頂いております。

まずは何より、お堂にてお参り。師の書「篤敬三宝」の下で。

毘沙門天様がいらっしゃり、お使いは寅(と百足)。寅年の私は勝手にご縁を感じました。



秋元先生の「金龍」と、私の作品「赤富士と金龍」をお持ちしたのですが さっそく飾って下さいました。有難いことです。

お誘い下さった○様と、京都からいらっしゃったお二人のご婦人もご一緒に とっても美味しいお茶をいただきながら、 修行のこと、現在の日々の過ごし方、 他の寺社様との意外な交流のことや時事的な話題まで、 大変楽しくお話を聞かせていただきました。

不躾な質問…「これは!という大好きな食べ物はおありですか?」 もっと意義のある質問ができなかった、教養のない自分を恥じておりますが 後の祭りです。でも正直な興味ではありまして… それでもにこやかにお答えくださいました。 「そういう大好きはありませんね。でも苦手になったものはありますよ。 ニンニクの匂いが苦手になりました。」

このことはぜひ皆さま、ご住職の著書でもご確認ください。

他にも、

「観光やイベントを行って人に集まっていただかないと

どこのお寺も神社もなかなか維持が難しい」 とおっしゃったのが印象に残りました。

ご住職から直接お聞きすると、けっこうずっしり心に響きます。

心からお参りしたいと思って行くのに、かわいいお守りや御朱印やお土産に

ついつい浮かれてしまっていた自分に後から気づき反省する

みたいなことが私はよくあるのですが

それでも一助にはなっているのかな…と、少し救われた気がしました。

でもやっぱり、観光やイベントが無くてもお参りするのが本来のスタイルですよね。

今後は改めてそこを心に留め置いてお参りしようと思います。皆様も是非。



持参したご住職の著書に、サイン(と言っていいのでしょうか)を頂きました。 わざわざ墨をご用意いただいてお書きくださいました。家宝にいたします。 またまた申し上げます…有難いことです。



力強くもやさしいまなざしとお言葉に包まれたひととき 生涯忘れません。 そしてこれまでの行いを猛省し、これからの日々は 「この行いは一隅を照らすことができるのか」と考えながら、 生きていこうと思います。

そしてもし次にお会いすることが叶ったら、もう少し有意義なお尋ねができるよう

…日々勉強します😖💦


最後になりましたが改めて、 宮本祖豊様 ご縁を下さった○○様 ご一緒ににこやかにお話してくださったお二人に 厚く御礼申し上げます。 ありがとうございました。 西なつめ


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